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芸術はオトナの嗜み ~とある劇団の「事件」について考えたこと~ このエントリーをはてなブックマークに追加
2012-06-02 Sat 23:44
さっきツイッターでケラリーノ・サンドロビッチさんのツイートが目にツイッター、あ、いや、目についたんですけど、なんかとある劇団が、舞台上でヤバイことをしちゃったらしいんです。

そのへんをまとめた上で、独自の見解を述べている方がいたのでイカリング。じゃなかった以下リンク。

舞台、観客、その間にある権力~バナナ学園問題から考えたこと



まぁ簡単にまとめてしまうと、女性の観客を舞台上にあげたうえ、男性キャストがその人(複数らしい)の胸をもんだり腰を振ったりしたそうです。



まぁ、普通にこれ、犯罪ですよね。というのは、その被害者の方が、友達に相談して泣いていて、その友達がツイッターに書いた、という経緯があるからです。

こうなっちゃうと、もう言い逃れの余地ない最低の行為です。こういう行為を許しちゃいけないと思う。



ただ、じゃあ演劇では何をどこまでやっていいのか、ということになると、これは難しい問題です。

それを、「公衆の面前でできないようなことをそもそもするな!」とか言っちゃうと、世の中ものすご~くつまらなくなっちゃうと思うんですよ。

やっぱり閉ざされたある空間でのみ許される表現、というのがあってもいいと思う。



じゃあその線をどこで引くの? ということを、法で決めることってできないと思うんです。



変な話、同じことをされても喜ぶ人がいるかもしれない。また、その舞台の空気の作り方によっては、同じひとでも「でも楽しかった!」と思ってもらえる方法があるかもしれない。

その方法を見つけ出して表現することは、舞台という表現の醍醐味のひとつなんじゃないかと思うんです。



今回問題になってる劇団は、結局それが下手だったからアウトだと思うんです。

決して演劇という表現自体がいけないわけじゃない。行った行為そのものが絶対的な悪なわけでもない。



だってね、これを舞台ではなく、ある夜たまたま出会った男女の関係だったと置き換えて考えたら、ですよ。



男が嫌がる女性に無理やり関係を迫ったらそれはアウトです。

でも、すごくいい雰囲気を作って、トークで盛り上げて、一晩めくるめく夜を過ごして彼女も満足なら、それはOKでしょ?



そこにある違いっていうのは、結局のところ、相手に対する思いやり、だったりするんじゃないかと思うんです。そしてそれを適切に表現できるテクニック。



テクニックの方だけに偏った究極の理想は、

「舞台上であんなコトされて私の人生ムチャクチャになったけど、でもあの舞台を見に行ったことは後悔してない」

とか思わせることかもしれない。



そう考えると、おもしろいなぁと思うのは、実生活では「自分の周りの人みんながハッピー」が究極の目標だ思うんだけど、舞台とか芸術の表現は、そこに不幸さえも取り込んでしまえる奥深さがあるように思うんですね。

「不幸だっていいじゃない、美しければ」というような。



そういう奥深さのある芸術表現というものを、くだらない事件で規制されてしまうようなことが起きないといいなぁ、と思います。

芸術って、オトナのたしなみなんだよね。テクニックのない子どもがうかつに手を出しちゃいけないんだよ。
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