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目的と状況がビジネスの方法を決める ~西條剛央さんの、すんごいアイディア。~ このエントリーをはてなブックマークに追加
2011-06-22 Wed 23:07
ほぼ日で現在連載中の、糸井さんと西條剛央さんの対談が面白いです。

西條剛央さんの、すんごいアイディア。

西條さんという方は、もともと構造構成主義という理論を体系化した学者さんで、それだけ聞いても「?」という感じですが、この理論を使って「ふんばろう東日本支援プロジェクト」という支援活動を行っている方です。

このプロジェクトのすごいのはスピード。旧来の行政主導の方法や、多くの支援活動では、義援金の分配などのスピードが圧倒的に間に合っていない状況が続いていますが、この構造構成主義を使うことで「目的」を明確化して、それ以外の部分をいい意味で切り捨てることで、「本当にやりたいこと」を成し遂げることに成功しているようです。



西條さんはツイッターをやられていて、このプロジェクト立ち上げもツイートしているうちに仲間がどんどん増えてやれるようになった、という経緯があるそうです。

で、ちょうど最近のツイートの中で、こんなことをつぶやいていました。(まとめ記事はこちら

今回の「家電プロジェクト」について、ミーティングでも相当な激論が交わされたわけで、それはとても実りあるものでしたので、それはそれでよいのですが、ひとつ感じたことがあります。それは「被災者支援」が目的なはずなのに、いつの間にかそうじゃないことに「関心」が置かれていたということです。

それは「失敗しないこと」「ミスをしないこと」「クレームをつけられないこと」「自分たちが責められないこと」です。もちろん、これは大事な関心です。プロジェクトに意義を感じ、大切に思っているからこそ生じる「関心」です。


でも「被災者支援」より、「クレームをつけられないこと」に関心を置くのはやはり違うと思います。極論すればクレームなどどんなことをしてもつきます。僕が知っている限り、現場で有意義な活動をしている団体、NPO、個人ボランティアで批判を受けていないところはありません。必ず批判されている。


批判されないことに関心があるならば、何もしないという行動が最も適切な行動ということになります。しかしそれでは誰も救うことはできない。それだけは確かです。


別に批判など受けたっていいじゃないですか。5つの批判やクレームがきたとしても、95人の人に必要としている物資や家電を届けることができて喜んでもらえたならば、「被災者支援」という点では、プラス90です。それでいいじゃないですか。

「西條剛央メッセージ:プロジェクトの考え方」


「失敗しないこと」「自分たちが責められないこと」が当初の目的より強い目的になってしまうと、「なにもしないことが無難で安全」というところに落ち着いていきます。旧来の行政のあり方がまさにこれですよね。いわゆる「お役所仕事」。

マニュアルに沿った対応しか行わないのは、能力の問題ではなく「自分たちが責められないこと」が目的になってしまっているからです。逆に言うと、システム自体が、末端に責任を取らせないように組み上げられているんです。こうしたシステムが、今回のような未曽有の震災に対応できないのは当たり前です。ふだんの対応からして「融通がきかない」と思われてるわけですから。



このことは、別にお役所仕事に限った話ではなくて、一般企業だって末端が自分の責任で決済する権限が与えられなければ同様のことが起こります。また、「好きなようにやっていいよ」と口では言っていても、少しでも失敗したら烈火のごとく怒られる、なんて場合も事実上決済権が与えられていませんから同様です。

だから「本来の目的」が末端にまで認知され、決済権が末端にまで与えられることではじめて「できる会社」になるわけで、このシステムづくりというのはなかなか難しいものです。そしてこの震災を通して、旧来のシステムの不備・限界がより鮮明になった、とも言えると思います。



そこで出てくるのが西條さんの研究している構造構成主義。ほぼ日の対談の中で、西條さんはこの学問についてこう説明しています。


西條:ぼくのやっている「構造構成主義」とは、
   「無形の形」みたいな、
   何にでも通用する「原理」なんです。

   価値の原理でもあるし、
   方法の原理でもあって‥‥
   つまり「方法とは何か」という問いなんです。

   (中略)

   「方法」というのは、
   必ず「ある特定の状況」で使われますよね。

糸井:ええ、ええ。

西條:「ある特定の状況」のもとで
   「ある目的を達成する手段」のことを
   「方法」と呼びますが、
   これって「例外」がないんです、定義上。

糸井:はい、はい。

西條:ようするに、
   考えればいいポイントはふたつしかない。

   それは「状況」と「目的」です。
   今はどういう状況で、何を目的にしてるのか。

   今回の場合は「被災者支援」ですけれども、
   このふたつを見定めることで
   「方法」の有効性が決まってくるんです。

糸井:つまり「方法ありき」ではない、と。

西條:そうそう、そうなんですよ。
   「方法」は、柔軟に形を変えていいんです。


この考え方は、この上なくシンプルです。

「それが分かっていても、そもそも状況を把握することや、目的を明確にすることが難しいんだよ!」と思っちゃいますが、でも迷ったらこの原則に立ち返ればいいんだ、と思えば闇雲に不安を感じたりする必要はなくなる気がします。



そもそも、旧来のシステムというのは末端のスタッフが誰になってもいい、誰でもいい=信頼関係を結ぶ必要がない、という状況をベースにした考え方です。

だから「目的」という抽象的なものではなく、具体的な事例を列挙した「マニュアル」が重宝されたわけです。末端は何も考えず、マニュアル通りに動けば事足りるよね、という、トップダウンで会社を動かすのに効率的な方法がこれだったんですね。

でも「それって違うよね」という声が最近すこしずつ大きくなっていて、それがこの震災で爆発している感じがします。ビジネスにおいても、価格訴求を全面に押し出した、大量生産大量消費と人件費削減を追求したビジネスモデルに疑問符が打たれはじめ、作り手の顔が見える商品とホスピタリティを売りにしたビジネスモデルに消費者の嗜好が移ってきています。

この後者のビジネスモデルは、信頼関係が柱になっていきます。消費者は〇〇さんの作ったものだから、××さんのお店だから、という理由で買い物をする。



当然こうしたビジネスモデルにおいても、構造構成主義という考え方は利用できます。そしてその上で重要なのは、「目的」を明確にすること、「状況」を正確に把握することです。そして「方法」は柔軟に変化するものであり、あくまで目的と状況から割り出されるものである、ということ。「過去の経験」などではないんです。

実際、人が何かを決めるときに迷ってしまうのは、「目的」以外の何かを考慮に入れてしまうからですよね。「目的」だけを見ることができれば、迷うことなんてほとんど無くなるんです。でもそこに、「失敗したら恥ずかしいなぁ」とか「前例がないことをやるのはちょっと…」とか「以前このやり方は失敗してるから…」みたいな、「目的」と関係の無いことを考えて迷うわけです。しかも考えたって結論なんて出ないことで、迷う。

そうやってあれやこれやと考えると人は迷ってしまうけれど、その時に一度頭をリセットして、構造構成主義の考え方、「方法を決めるのは目的と状況だ」というところに立ち返ることができれば、迷いを断ち切る一助になるのではないだろうか、と考えています。




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