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大したことのない僕たちが、何かをしたいと思ったときに気をつけること このエントリーをはてなブックマークに追加
2011-06-18 Sat 23:55
今日は糸井さんと「いろどり」の横石さん、あと宮城県庁の山田さんという方が、トークイベントを行ってそれをUstreamで生中継するということで、仕事をほっぽらかして見てました。

これは「今東北の方々に対して何ができるのか」みたいなところから出発した企画だと思うんですが、「具体的に何をやるのか」という話ではなく、「何かやりたいと思うんだけど何をしたらいいんだろう」という場所に立っている、日本中にいっぱいいる人たちが、自分なりの方法を模索するためのヒント、みたいなお話に終始していました。

これが非常に面白かったんです。ぼくたちは、どういう考え方で、今いる場所に立てばいいのか。



ちなみにアーカイブが残っているようなので興味のある方はご覧ください。

今、立ち上がること。つながること。





とにかく今、運よく被災を免れた多くの日本人は、自分にできることがあれば何かしらしたい、という思いを抱えていると思います。ただ、なにをしたらいいのか分からない。ニュースやネットの情報を見ると、すごいことをやっている人がいっぱいいるけれど、ああいうことは自分にはできない。自分はなんて無力なんだろう。

そう思って身動きが取れなくなっている人がいっぱいいるんだろう。

そういう大多数の人々に対して糸井さんが言ったのが、「具体的にできることが解っている状態」からスタートするんじゃなくて、その無力感を抱いている場所、1段下からスター0としましょう、ということでした。

クリエイティブって、無力感から始まると思うんです。


つまり、最初から自分ができることしかしない、というのは「クリエイティブ」ではない。

「今の自分にできることは思いつかない。でもなにかしたい」

そこからスタートすることこそ、「クリエイティブ」なんじゃないか、と。



そう考えると、クリエイティブにとって一番大事なのは、今自分が持っている能力ではなく、とにかく何かやりたい、という強い衝動、ですよね。



宮城県庁の山田さん。この方がこんなことを言います。
(今ぼくが覚えている内容なので、実際は違うと思いますが、主旨だけ掬い取ってください)

「とにかく何かやろうと思うんだけど、対象が大きすぎて、自分たちですべてをやろうなんて無理なんです。そう思うと結局なにもできなくなっちゃう」

それを受けて糸井さんが、「だから自分ができることだけをやる。それ以外はできないって決める必要があるんだけど、そのときに考えたのは、自分のやったことがモデルケースになればいいな、ということなんです」みたいなことを言います。



これも大きなヒントですね。

インターネットがこれだけ普及した高度情報化社会においては、世の中の複雑さ、規模の大きさ、才能のある人がいっぱいいることなどがイヤでも見えてきてしまいます。

そんななかで自分が何かしようと思ったとき、「たったそれだけのことをしても仕方ない」とか「この人を救うなら、もっとこっちの人を救ったほうがいいんじゃないか。自分の行いは正しいのだろうか」とか考えてしまいがちだと思うんです。

ただそう考えていると、人は結局なにもできなくなってしまう。それではしょうがない、とはわかっていても、正しくないことはしたくない。なぜならすぐに、誰かが「お前はそんなことするくらいならもっとこういうことしろよ」とか言いだすからです。高度情報化社会は自分の行動も情報として簡単に流通しますから、そういう人が出てくるのもある意味仕方ない。



この構造は、別に無名な一個人の話ではなくて、それこそ東電だ政治家だ芸能人だ、そういう人たちにもある、イヤ、メディアにさらされているそういう人たちこそ敏感な部分です。

原則として、企業や政治家の隠ぺい体質というのは、物事の一面だけ見て批判を繰り返し、「原則としてあなたのことは信用していない」という態度で社会が接しているから起こるんです。逆に言うと、「許してあげるから、事実を話して。そのうえで一緒に解決策を考えよう」という接し方をすれば、隠ぺいする意味はないですから、隠ぺいはほとんどなくなります。

これは上司と部下の関係にもそのまま当てはまりますがそれは置いておいて。



ちょっと話がそれたので戻しますと、自分がやれることは限られているので、出来ることをやる。その際には自分がやりたいと思うことと合致していればやってよくて、『あなたはもっとこういうことをやるべきだったのに』みたいな言葉に耳を貸す必要はない。そういうことになります。



最近よく糸井さんがほぼ日のことを「僕たちは大したことのない人たちです」と言ってたのはこのことだったんだな、とはじめてわかりました。

きっと何かをやる、と決めた途端、「今はそんなことをやってる場合じゃないだろう」とか「それならこっちも同じ境遇なのでこっちにも救いの手を」とかさんざん言われたんでしょう。

でもそういう声を聞いていたら逆に何もできなくなってしまう。だから「じぶんたちは大したことにない人たちなので、自分でやりたいと思ったことをやれる範囲でやります」というしかなかったんじゃないだろうか。



だいぶ長くなってのでこの辺でやめますが、

・アイデアはトラの置物みたいなものよりただのボールみたいなもののほうがいい
・人とつながるコツは口説く側じゃなく口説かれる側になること
・出会いも自分からガツガツ行くんじゃなくて、もっと偶然に頼っていい

とか面白い話がいっぱいあったので、ぜひ最初に載せたアーカイブを見てみてください。2時間くらいあるけど(笑)

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