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「じぶんのリーダーは、じぶんです」と言えるようになるために このエントリーをはてなブックマークに追加
2011-03-24 Thu 22:38
ほぼ日の今日のダーリン。

「じぶんのリーダーは、じぶんです」という話です。



「なに言ってるの? そんなの当たり前じゃない」と思う方もいると思いますが、でもすべてにおいて「自分が自分のリーダー」である人というのはたぶんいません。

糸井さんによれば、禁煙だったりダイエットだったりということを「自分がやりたいと思っているけどできない」というのは、「自分のリーダーが自分ではなく、タバコだったり食べ物だったりする」ということです。

だから、「自分がこうありたい」と思うことをすべて実現できる人が「真のじぶんのリーダー」となるわけですね。そんな人、いる? あなた、そう? ぼくは、ぜんぜんダメです。



今回の震災により、平時よりも「じぶんのリーダーは、じぶん」ということを意識せざるを得なくなったと糸井さんは言います。

だけど、いまは、そう言ってられない状況になりました。
行くか残るか、うずくまるか立ち上がるか、
悩み続けるか動き出すか、凝視するか見るのをやめるか。
決めないままでは、どうにもならないんですよね。
この経験は、いいことだとも言えるんじゃないかなぁ。
誰のせいにするのでもなく、覚悟し、選択する。
じぶんのリーダーとして、じぶんの判断をするわけです。
ひとつ強くなった人が、次の時代には、
いままでの何百倍も増えてると思うんですよね。


もちろん全てにおいて、自分が自分のリーダーであるべきだ、というわけではないと思います。もう、そんなのは人間じゃないよ。でも、自分が自分であるために引き下がれない場所というのがあって、そこでは絶対に自分が自分のリーダーでなくてはいけないわけです。

つまりそれが、引き下がれない場所の種類と数が、その人の個性になるんじゃないでしょうか。



「協調性」という言葉のもと、全体の意思に自分の意思を添わせる方法に慣れた人は、震災直後のような急を要する状況では、自分の意思を貫くこと、すなわち「じぶんがじぶんのリーダーになること」に慣れていないため、どうしていいか分からずパニックに陥りやすいかもしれません。

そういう人がトイレットペーパーなどの買い占めに走りやすい、と考えると少し「パニック」というものの真の姿をつかみやすくなる気がします。

パニックを起こす人が「じぶんのリーダーがじぶんではない」状況にいるとすれば、彼らに対して外部の冷静な人が彼らのリーダーとしてふるまってもあまり意味がないのかもしれない。そうではなく、彼らが自分自身のリーダーになるための手伝いをしてあげるほうが有意義なんじゃないだろうか。


それはもちろん簡単じゃありません。「買占めよくない」と一言言えば済む問題じゃなくて、それぞれの個性を見極めて「この人はこうすれば自分自身のリーダーになれそうだ」と推測して行動しなきゃいけないから。



そう考えると、他人が「じぶんのリーダーは、じぶんです」と言えるように働きかけるなんていうのはおこがましい話に思えてきます。

というかまず、自分自身が「じぶんのリーダーは、じぶんです」と言えるようにならなきゃいけないわけです。少なくとも「こうありたい」と思える部分だけでいいから。

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