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没個性を極める「一流」なひと このエントリーをはてなブックマークに追加
2011-02-25 Fri 23:36
実は今日はどうにも書くネタが見つからなくて、「こういう時はほぼ日に限るね」と思って探したら、すごいのがありましたよ。



ちょっとぼくのようなペーペーには理解できない。イヤ、「理解なんてするものじゃない」ときっとこの方は言っていて、すべての言葉が経験に裏打ちされている感じがして、凄まじいのです。

湯のみとごはん茶わんの店「ほ+」の作り手紹介、福森雅武さんの回です。



お茶漬けを食べるためのお茶碗の話をしてるんですけど、それはつまり「持ったときに熱くないように」「口をつけたとき熱くないように」というようなことを気をつける、という話しで。


高台をね、比較的こうして高くすると、
持ったときに熱くないでしょう。
お茶漬けっていうのは、
ちょっとごはんがあって、お茶をたっぷり。
だから大きめがいい。
まわりがそんなに熱くならないほうがいい。
熱いと、お茶わんを口につけられない。
そういう条件がね、
ごはん茶わんをつくるときに体に入ってるんです。


この、体に入ってるっていうのはどういうことかというと、


お茶漬けしたら、というのも、
つくる前に、自分の体に入ったものだから。
「お茶漬け、これはお茶漬けにいいように」って、
考えてつくってたらもうダメです。


と、つまり、お茶わんを作るときに考えるようではダメで、何も考えなくても勝手に体がそう動く、というところまで行かなくてはダメだ、ということだと思います。



この、体が勝手に動く、というのは、2段階あると思うんですよね。

第1段階は、素人がプロになる段階。第2段階は、プロが一流になる段階。



素人がプロになるっていうのは、動作に無駄がなくなって洗練されてくる状態。動作を意識しなくても動くことができる、っていう段階。

ここまでは、訓練すれば多くの人が来れたりするんです。

その後のプロが一流になる段階。福森さんの言うことはここの部分だと思うんです。



福森さんは、お茶わんを使う場面というのはいろいろある、


それにぴったりと生理的にこう、
何ていうか、合ううつわっていうのは、
それはすべてそれが満足せんと合わないわけ。
作り手個人が出てたら、うるさくてもう合わない。


といいます。体に入っていると、アタマを使わない分、「作り手個人」は出てこない、ということなのかな。そういうものでないと、毎日使うものは、飽きが来てしまう、と。



「個人」を捨て、没個性を極めることで、初めて人に長く愛されるものになる、という考え方は、途方もなく難しいことに感じます。


自分が“大きく”なかったら、
皆さんに行き渡らないのよ。
大きいほど行き渡るから。
自分=個性、と思ってたら、
皆さんが、絶対、毎日使うのに、飽きちゃうから。


という言葉を、「理解」することはできても、実践するのは並大抵のことではないように感じます。


というか今のぼくは、素人がプロになる段階を右往左往しているところなので、途方もない部分はそれはそれとして置いておいて、今自分がやれることを地道にやるしかないのでしょう。

別窓 | 2011ほぼ日関連 | コメント:2 | トラックバック:0 |
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この記事のコメント
御礼
ほ+ご覧いただきまして
また引用戴きましてありがとうございます。

今後とも土楽ならびに福森雅武を
よろしくお願い致します。
2011-03-05 Sat 00:27 | URL | 長女のダンナ #wLMIWoss[ 内容変更]
Re: 御礼
はじめまして! コメントありがとうございます~。

ほぼ日での福森さんの言葉、なにかオモリのようにぼくの腹の中に残っています。
ぜひ一度、福森さんや道歩さん、円さんのお茶わんを拝見したいと思っています。
その時にはまたなにか書かせていただこうと思います。
よろしくお願いいたします☆
2011-03-05 Sat 23:05 | URL | 樋口サトシ #dybrQmbA[ 内容変更]
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