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サマーウォーズの侘助とワンピースのニコ・ロビンの意外な共通点 このエントリーをはてなブックマークに追加
2011-02-04 Fri 23:39
昨日ワンピースのDVDをレンタル屋さんに返して、続きを借りようとしたらレンタル中。しかも向こう10本くらいゴソッとなかったんです。

「こりゃいかん! 今晩、どころか今週見るワンピースがないじゃないか!」

というわけで、その店で借りるのは諦めて、近所にあるもう1店のレンタル屋さんに向かったんです。



が! しかし! But!


そこもなんかちょうどぼくが借りたいあたりがゴソッとないんですよ。

あちゃ~、と思いながら、でもなんとか2本あったのでそれを借りて帰りました。


そんで「さぁ今日も見るぞ~」と思ってスタンバイして見始めると、アレ、なんかこれ見たことあるぞ…。

あらら、一度見たやつ借りちゃったよ。バカだね、と思いながらもう1本、その続きを見てみると、これもまた、昨日見たばっかりのやつだよ…。

というわけで、見たことあるやつを2本も借りてくるという大失態をやらかしてしまいました。



ぽっかりワンピースを見るはずの1時間半が空いてしまい、どうしよう。

と、実は先日アマゾンで衝動買いした「サマーウォーズ」の公式ガイドブックを読んだばっかりで、サマーウォーズ再燃の気配がしていたので、ここはサマーウォーズ見ましょう、という気分になりました。

ちなみにこのガイドブックは、本編のストーリーをイラスト満載で追うコンテンツをメインに、キャラクターデザインのラフやキャスト、スタッフのインタビューなど、本当に作品に対する愛情にあふれた作りになっていて、サマーウォーズファンのあなたに是非手元に置いてほしい1冊です。

特に、細田守監督の「栄ばあちゃんは死なせたくなかったんだが、物語がどうしてもそっちに行ってしまって切なかった」という感じの話がグッと来ます。

↓この表紙は地味な感じに見えますが、黄色い部分に大きな帯がかかっていて、これがサマーウォーズのポスターなどでおなじみのデザインなので、なかなか存在感があります。




でまぁそれでサマーウォーズを見たわけですけど、昨日新たに気になったことがありました。それは、夏希はなんで理一じゃなくて侘助が好きになったんだろうな、ということ。

ツイッターでそうつぶやいたら女性の目線でのご意見を頂いたりして、さらに考えるうちに侘助ニコ・ロビンが似ている気がしてきたので、そのへんの話は↓で



侘助の魅力

その方のつぶやきを引用させていただくと(mizukiさんありがと~)、

侘助さんの孤独さ・才能・本当は優しいのにそれを出せないひねくれたところ、は女子のココロをつかむ3大ポイントじゃなかろうか。特に3番。理一さんのような「わかりやすく優しくかっこよい」も素敵だけどかなわないよね^^」

「もちろん女子すべてがそうなのではなく、理一さん的なものに魅力を感じる女子もいるのですが。勝気・強気だったり、自立している女子には侘助派が多い気がする(笑)夏希ちゃんはしっかりしてるからかなぁ・・・と思いました(・∀・)」

なるほど! オレがモテナイのは「わかりやすく優しくかっこよい」からなんだな! と非常に虚しい冗談を言ってみたりしても始まらないので先に話を進めると、この分析はとても面白いですね。


● 「もったいなさ」が自立した女子を惹きつける?

すごくポテンシャルがあるのに不器用な部分があって、非常に「もったいない」感じがするのが侘助だと思うんです。この「もったいなさ」が自立している女子のココロをくすぐるのかな、と。

自立している女子は余裕がありますから、この「もったいない」男を引き上げてやれると思うんじゃないかと思うんです。そこには世話したいという母性本能と、「彼は磨けばすごい男になる」というダイヤの原石を見つけたうれしさ、そして「育てゲー」を現実社会でやるようなワクワク感があるのかもしれない。そしてやっぱり一番大きいのは、彼の才能と不器用さのギャップの大きさに惹かれるのでしょう。


侘助ニコ・ロビンの共通点

このへんの感じは、僕がニコ・ロビンに惹かれた理由とそっくりだったりするんですよ。彼女も大変な才能がありながら、「生まれてきてはいけない子ども」として孤独と共に生きてきました。ある意味では、孤独が才能を育てたとさえ言えるような過酷な環境でした。

全力を尽くして完璧にこなさなければすぐにでも捕まり殺されてしまうような人生。完璧であることはニコ・ロビンにとって生きるための最低条件でした。そんな彼女が、目標を失い、ルフィたちと生活を共にしました。そこで彼女は、ルフィたちが自分や自分が見てきた人間とまったくちがう価値観を持っていることに気づきます。そして、その場所はどんどん居心地がよくなっていく。

しかしそこに魔の手が忍び寄る。自分が一緒にいるために、大好きな人たちに危害が及ぶかもしれないと思う。

ニコ・ロビンはそんな、自分がはじめてこころを許せたルフィたちを守るために、何も言わず、どころか(自分の心に)ウソまでついて、自分ひとり犠牲になろうとした。もう、あれだけ強いルフィたちさえうまく信じられない。僕はこの不器用さにコロッとやられちゃったわけです。



● ひとはなぜ「完璧」を求めるのか

完璧な自分を演じて、クリーンでかっこいいところばっかり見せたいな、と人は思うものだと思うんですが、それは決して魅力的なわけではない。だとしたら、なぜ人はそうなることを求めるんだろう?

理一さんのように完成度が非常に高い人で、しかもクリーンな面だけを人に見せようとする人は、苦しくないのだろうか? 100点だけが成功で、正解するのは当たり前、たったひとつの失敗で全てが闇に染まるような緊張感のある世界。その苦しさ、身を切るような痛みそのものが生きることさと、彼らはそう言うのだろうか。



そういうひとには、ニコ・ロビンにとってのルフィと麦わらの一味のような連中が、早く現れればいいなと思う。無邪気で無防備な笑顔、失敗を笑い飛ばしてくれる存在と出会えればいい。痛みは決して生きることそのものではなく、スパイスだろう。生きることは、その痛みすれすれのところに陣取っている楽しさに触ようとする試みだ。

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