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誰もがたった今からイチローに近づくことができる 『イチロー ぼくの歩んだ道 ~特別対談「大リーグの10年」 with糸井重里~』 このエントリーをはてなブックマークに追加
2011-01-01 Sat 22:04
NHK BS1で今日放送された、イチローとイトイさんの対談。
『イチロー ぼくの歩んだ道 ~特別対談「大リーグの10年」 with糸井重里~』今さっき終わりました。

面白かったですね~。

これを見てて非常に強く思ったのは、イチローというひとはとにかく自分のベストを尽くす、ということにこころを配っている人なんだなぁ、ということでした。

ベストを尽くす、というのは難しいんだけれども、逆にいうと実は、自分の中にあるものを出せばよい、という事でもあったりするようなんです。

この考え方は、根本的に特別な人間なんていない、少なくともイチローはそういう存在ではない、ということを教えてくれてると思うんだけど、この話は↓で。


まず、自分のベストを尽くす、という話。

イチローは言うんですよ。
「プロポーズをするとかいうような、大事な決断は夜ではなくて昼間にしなければならない」と。

この意味は、夜の時間帯は気持ちが盛り上がりやすいしついイケイケになってしまいやすいけど、その勢いで大事な決断をするのはリスキーであると。「夜中に書いたラブレター、翌朝読むと恥ずかしいでしょ」と。だから、朝起きて目を覚まして、冷静に考えられるときに決断しないとダメだよ、と。



まず、こういう発想になっているということ自体がイチローの面白さだと思うんです。つまりコレは、ひとのバイオリズムをイチローなりに研究して、夜に考えることはひとりで勝手に盛り上がりやすい、という法則を最初に導き出しているわけです。そしてその上で、そうした夜の判断力は、冷静に考えるとアテにならないことが多いので、その判断を信じてはならない、と結論づける。その結果、「大事な判断は昼間にしろ」ということになっている。

人によっては、例えばプロポーズでいうと、「落としたい女がいたら夜のムードに酔わせて、そこでプロポーズしてしまえ!」という人生訓を持っているかもしれないわけです。同じバイオリズムの研究結果から、真逆の結論を持ってくる可能性もある。

じゃあここでイチローが「決断は昼間に」というのはなぜかというと、「プロポーズを受けてもらうこと」が一番の目的ではなくて、「自分の判断力のベストをつくすこと」を考えているからだと思うんです。



イチローの非凡さってそこなんだろうな、と思うんだけど、やっぱり人は、「この人と結婚したい」と思っちゃうと、どうしても自分の自分らしさを少し抑えてしまったりするわけですよ。つまり別に夜のムードじゃなくても、自分の判断が「こうだ」と思うことも、相手次第で変えてしまうことがある。

でもイチローは、そういう事を徹底的に排除しようとしてるんだと思う。もちろんさ、ベストを尽くして判断しても、間違っちゃうことってあると思います。そういう時に「間違ってるよ」って指摘されたらそれは当然直そうと努力すると思うけど、その前の段階として、まず、何かを判断するときにベストをつくすこと、そして自分がベストを尽くせる状態かどうかを見極めること、そういう事に常に気を配っているんだろうなぁ、と思いました。



ベストを尽くす、っていうのは言ってみれば当たり前のことなんだけど、なかなかうまく出来ないじゃないですか。それはどうしてかっていうと、ベストを尽くせるコンディションじゃない場合が多いからなんですよね。だからイチローは、自分がベストを尽くせる状態がどうかを常に見極めようとしていて、もしベストを尽くせる状態が少ないようならば、必要に応じてそれを増やしたりしようとしてるんだろうな、と思います。



で、こうした態度って本当に非凡だと思うんですけど、でもね、少しくらいなら誰にだってできることなんです。少なくとも、今ここに書いたことを少し意識するだけで、ちょっとだけ心構えが変わって、ほんのちょっとイチローに近づけるんだと思うんです。

だってさ、ポイントは「自分の判断にベストを尽くす」という事だけなんだから、これは一つ一つの判断の積み重ねでしかないわけですよ。べつに超人的な能力が必要なわけじゃない。だって、「判断にベストを尽くす」だけで、「常に正しい判断をする」必要はないわけだから。

そういう意味で、イチローは別に超人的な能力があるわけじゃない。「ベストを尽くす」ことにこだわって、その頻度が高いだけで、あらゆるすべての判断にベストが尽くせているわけでもないはずだ。要するに、完璧なんじゃなくて、打率が高いだけ。まさに彼の野球の成績と一緒です。


そう考えれば、「イチローは特別だから」なんて言って自分の脳力を卑下して、自分の未来を諦める必要なんてどこにもないわけです。「判断にベストを尽くす打率」は、まさにたった今から少しずつ上げていくことが出来るんですよ。それを積み重ねることで、イチローにだって近づくことができるんです。



対談の別の話の中で、「ぼくは特別なことはなにもしないんですよ。だってしんどいじゃないですか」って言ってました。これは謙遜か何かに聞こえがちだけど、そうじゃなくて上に書いたようなことを考えているってことだと思うんです。「特別なこと」っていうのは、「常に正しい判断を行えるようにするための秘策」みたいなことでしょう。そういう地に足のつかないような難しいことじゃなくて、誰にでもできることをコツコツ積み重ねてるだけなんです、ということだと思います。



だからなんというか、イチローという人がいて、イチローが打ち立てた大記録があります。これは根本的には「イチローという人格」があったからこそ、大記録が生まれるんだと思うんですね。つまり、たまたま大記録が生まれて、それに合わせてイチローという人格が生まれる、なんてことはあり得ない。もちろん記録をつくることでさらに洗練されることはあるだろうけど、根本まで変わってしまう、なんてことはないと思います。

ということは、すごい記録作りたくたって、自分の人格を磨かなければそんなことは無理だよ、ということだと思うんです。取ってつけたような一夜漬けの勉強や、ズルをして自分の能力以上のことを成し遂げようとしたって、それはうまくいかないんだ、ということを、宇宙の真理として肝に銘じておいたほうがいいんじゃないか、と思いました。



「ひとは自分の能力以上のことを成し遂げることはできない」

「しかし、ひとの歴史の中には奇跡としか思えないようなことを成し遂げた人がたくさんいる」

「ということは、あらゆるひとに、奇跡を起こす能力自体は備わっている」

「それを実際に成し遂げるのは、自分のベストをより多く尽くすことの出来る人、ベストを尽くす打率が高い人だ」

「そして誰もが、自分のベストを尽くすことはできる」

「ベストをつくす打率はたった今からあげることができる」

「つまり、誰もがたった今からイチローに近づくことができるんだ」



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