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『ハリー・ポッターと死の秘宝 Part1』見ました このエントリーをはてなブックマークに追加
2010-12-09 Thu 23:26
お、久しぶりに映画の話だよ。

実は昨日は『ハリー・ポッターと死の秘宝 Part1』を見てきました。

ぼくはごく最近までハリー・ポッターって見たことなくて、この10日あまりで過去の6作品を立て続けにDVDで見ました。

で、ずっと吹替版で見ていたので、人の名前とか、固有名詞って音でなんとなく覚えてるだけなんですよね。なんか馴染みのない感じの名前が多いしさ。

ハーマイオニーを覚えたのはたぶん3作目くらい。

ダンブルドアは、実は昨日までランブルドアだと思ってたり。
ホグワーツも、ずっとホグワースだと思ってたり。

ひどいもんです。


こんな具合だから、他の人の名前に至っては、なんとなく雰囲気でわかってるだけ、文脈で「きっとあの顔のあいつだな」と思ってるにすぎなかったりします。

ひどいもんです。


こんな具合だから、魔法の名前なんてひとつも覚えていません。まったくもって、お手上げ。

ひどいもんです。



…もうこの展開、いい?

ネタバレなんでこれ以降は↓へ



映画自体は、なんかいまさらながらハリウッドっぽくなってきたというか、アクションが今までで一番ちゃんとしてました。お話も向かう先がはっきりしてるので安心して見れる感じ。


…って、今回はそういう作品自体の話というよりも、見ていて意外なセリフがあったのでそのへんの話をしてみたいなと。

でも、意外なのは原作も知らないオノボリさんのようなぼくだけで、ハリポタファンの皆さんは別に違和感ない話かもしれない。そうだったらごめんね。



いやさ、けっこう後半に、トビーって、あのブサイクな妖精が、ハリーたちをかばって死んじゃうじゃないですか。

あのシーン、トビーがいじらしくてステキなシーンなんですけど、死んでしまったあと、ハリーが「トビーを埋めよう」って言うじゃないですか。しかも、


「魔法は使わず、きちんと手で埋めよう」かなんか言うんですよ。


「え~、そうなんだ、魔法ってきちんとしてるものじゃないんだ」っていうのが意外で。



彼らにとって、魔法っていうのは単なる手段であり、便利グッズにすぎないんですね。

なんかね、もっとこう、神聖なものなんだと思ってたんですよ。

No Magic , No Life

みたいなさ。イヤ、もっともっと神聖な。

I can't live without magic. 的な?



でもどうもそうじゃないんだ、というのがヘンにおもしろくて。



ただ、見たときはそう思ってたんだけど、1日経って少し落ち着いてみると、魔法がどれだけ大事でも、やっぱり人間にとってフィジカルな作業は、より根源的な行為なんだろうな、その意味では、やはり魔法はきちんとしてないんだな、という風に考えられてきました。

人は身体なしには生きられない。脳みそが全てを司っているにしても、身体なしにはなんにもできないんだよね。

脳みそ→身体→魔法(杖)みたいに指示が流れていくわけで、杖が必要な魔法というやつは、脳みそにとって身体と同列には語れっこないものなんだろう。

そう考えると、このハリー・ポッターの世界において、もし魔法が杖なしで指先から直接操れるものだとしたら、ああいうセリフも生まれなかったかもしれませんよね。


…どうなんだろう、杖なしで魔法を操るキャラって、ハリー・ポッターには登場しないのかしら?

そういうやつがいたとしたら、そいつを研究することでハリー・ポッターの謎が解けたりするかもしれない。


情報お持ちの方、ぜひ教えてください。
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