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工場野菜のメリットと、宮崎アニメ的、永田農法的、情緒的なデメリット このエントリーをはてなブックマークに追加
2010-11-29 Mon 01:29
これはなんの結論も持たない、問題定義にすらならないレベルの話なんですが…。



今日Yahooのニュースで「工場野菜」に関する記事があって。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101128-00000504-san-soci

でまぁ、これはどうなんだろう、と。



わりといいことづくめなんですよ。非常に理にかなってる。

まず、野菜の安定供給が出来る。とにかく異常気象が当たり前の昨今ですから、消費者にとってはうれしいことです。現状のコストの高さは、普及によって逆にコストが安くなることも十分考えられます。

栄養価も高いそうですね。このへんはテクノロジーがすごいんでしょう。

工場さえ建てればどこでもできる、という利点もある。南極でも野菜が栽培できるんですって。

あと今不景気で工場用地が余りまくってますから、その有効利用という側面もあります。



一方デメリットは、ぼくが思いつくのは非常に情緒的です。

まず、宮崎アニメの否定。

ナウシカで「汚れているのは土なんです」
ラピュタで「空に浮かんだラピュタは土に根をおろしてないからダメなんだ」
と訴えているように、大事なものとされる土。
そして太陽。
この二つを、安定生産にとって不安定な要素として切り捨てているわけです。それらをより管理しやすいものに代えている。

これは宮崎アニメファンとして非常に不安。



もうひとつは永田農法との対立。

永田農法も、徹底した管理農法ではあります。
ただ、管理の仕方が永田農法はスパルタ的な管理であるのに対し、工場野菜は甘やかしの管理であるようです。

水耕栽培は根を張る力を必要としませんし、細菌類の発生を徹底して抑えることも、植物の本来持つ免疫力を抑制してしまう気がします。

そうした野菜ばかりを摂ることが、人体にどういう影響をあたえるのか。



もちろん農業という営みそのものが、人為的である意味不自然な作業ですから、不自然=前例がないという理由で、排除されるべきではないと思うんです。そもそも農業というのはそういう歴史を繰り返してきている。

最初にぼくが「なんの結論も持たない、問題定義にすらならない」と言ったのはまさにそのためで、「やってみないとわかんないよ」というふうには思うんです。



ただそれでも、その是非を問うときに指針にしたい考え方があって、それは「その仕事、信念や誇りを持ってやれる仕事なの?」ということなんですね。

「人類にとって真に画期的で、これをやることで世界を豊かにできるんだ」とか、こんな大袈裟じゃなくていいんですけど、ひととして誇りを持てる理由でやってくれる方なら、ぜひやってほしいと思う。

でもあくまでビジネスとして、「今この業界アツイね。儲かるね」と言う人ばっかりが群がるようだったら、やっぱりそれはダメだよね。うまくいって「農業バブル」ってことでしょ。

そういう業界になっちゃうと、きっとひどい病気とかで社会問題とか起こっちゃうんだよ。だって基準が企業の利益なんだから。



イヤ、企業の利益、ひいては自分の利益が重要であることはいいんです。てか、それを抜きにして仕事なんかできないと思う。

ただそれは、他人の持ち物を搾取することで得る利益じゃダメだよね。あくまで他人に感謝されて、「ぜひ受け取ってください」と言われるたぐいの利益じゃないとウソだ。

これが企業として、利潤の追求と社会貢献を両立させるためのバランスだと思うんですよ。



工場野菜が上記の情緒的デメリットをクリアして、プライドある生産者によって運営されるなら、それはいいことだと思うんですよね。どうなるかしばらく静観したいと思います。
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