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「プライド」の間違った使い方 このエントリーをはてなブックマークに追加
2013-08-10 Sat 00:52
この宇宙の法則というのはひとつしかありません。それは、

「あなたが与えるものが、あなたの得るものである」ということです。

・・・と、バシャールさんは言うんですが、最近、実生活の中でこれを信じられるようになりつつある気がします。

今まで、小さなプライド、つまり、「なんかオレ大切にされてないじゃん」という気持ちから他人に対してやさしい態度が取れないこととか多かったんですが、そこで「あ、まだ与え足りないんだ」と考えることで自分の行動が変わると、ちゃんと大切にされている返事が返ってくることが多いぞ、ということが分かってきました。



そうすると、「今まで大事にしていたこのプライドってなんなんだろうな」って思ったりします。



プライドって、「自分に対する誇り」ですから、言い換えると「過去の自分は正しかったはずだという気持ちの表れ」だと思うんですね。

とすると、この視線の向かう先は非常に限定的です。「過去」の「自分」を見る視線ですから、そこには「現在」と「未来」が抜けているし、「他者」も抜けています。

これでは「未来(または現在)の他者」が「未来(または現在)の自分」をどう見るかなんてコントロールできるはずないよな、という気がします。



そもそもではなぜ「プライド」というものを人が生み出したのかというと、おそらく、現在や未来の自分がどうなるかということに対する怖れや不安があったのでしょう。

そんなちっぽけな裸の自分を奮い立たせるために「過去の自分は大丈夫だった。だからこれからも大丈夫なはずだ」と言い聞かせたくてプライドを作ってそれにすがったんじゃないかと思うんですね。

でもそこにはなんの根拠もないことは明白です。

なぜなら人は常に変わるからです。



逆に言うと、プライドには「ひとは常に変わる」という視点が欠けている、とも言えるわけです。

プライドそのものを否定しようと思っているわけではありませんが、ひとは変わるということをちゃんと理解して使わないと、間違った使い方をしてしまうのだなぁと思います。
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