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子どもたちに「君たちは完璧だ」って伝えたい このエントリーをはてなブックマークに追加
2013-08-06 Tue 22:00
今日のアーヤは夏休み企画ということで「鉢にお絵かき」イベントを開催しました。

僕たちスタッフの方から「こんなふうに描こう」なんていうアドバイスは一切なし。それは教える技術がないからなんですけど、それでも子どもたちは、なんの迷いもなく描きはじめます。

スタッフで打ち合わせしている時に、「描けない子がいるとかわいそうだから、なにか見本とか用意した方がいいんじゃない?」ということでいくつか絵の見本を用意していたんですが、それを使おうとする子は一人もいませんでした。



そりゃあいわゆる「上手な絵」ではないでしょう。表現する技術もないですし、「こういうものを描こう」というビジョンもたぶんありません。でも、「じぶんが描くんだ」ということに対する純粋な楽しみにあふれていました。「こんなふうに描かなきゃいけない」という束縛なんてなにもありません。

ひとり、「思っていたみたいに描けなかった」と、少し手が止まってしまった子がいました。その子がその後どうするか、しばらく見ていました。もしかしたら「うまくいかないからやめた!」ってなっちゃうかもしれない。

でも、しばらくしたら「じゃあこうしよう!」って感じで違う色を使って塗りはじめて、最後は満足できる出来になったみたいでした。よかった。



バシャールさんは、「子どもはこの世界に自分が何故生まれてきたか知ってるんです。でも大人が『そんなのうまくいかないからやめなさい。大人の言うことを聞きなさい』って子どもに「大人の約束」を教えてしまうから、大人になった時には忘れてしまっているんです」みたいなことを言います。

それが、こうして子どもを見ているとわかる気がするんです。

まぁぼくは自分の子どもはいませんので、ほんとにちょっと見ただけの表面的な理解かもしれませんが、でも、今回の絵の描き方ひとつとってみても、ぼくは「お手本や描き方のマニュアル、何を描くかという完成見取り図がないと描けない」と思う大人よりも、子どもたちの「とにかく描きたいから描くんだ!」という気持ちのほうが正しいと思うんですよね。



大人がそういう「かたち」にこだわるのは、自分がやった行為に対して「価値」を見出したいからだと思うんです。その「価値」とは、自己完結したそれではなく、社会的評価という意味での「価値」です。

そうした価値に振り回される限り、自分の行動を純粋に楽しむことは難しくなります。常に人の目を気にして、社会が評価した「自分の価値」に一喜一憂しながら生きることになります。

それが大人ってもんでしょ? というのは確かにこの社会においては正しいかもしれませんが、でも「じゃああなたって何?」という根本的な疑問に、この社会は答えてくれません。なぜならこの社会は、その住民を「ごくごく一部のイノベーションを起こせる人材」と、その他圧倒的多数の「いくらでも取り替えのきく人材」の2つに分けることだけで完結するようにできているからです。



でも、子どもたちの描いた絵は、「あなたって何?」に答えることのできる絵だと思うんですよ。そして、社会的な価値よりも、「じぶんが何者かを示すことができる」という価値のほうが、ずっと大事なんじゃないかと思うんです。



だからぼくは、こんなふうに、子どもたちが自分らしくいられる場を出来る限り提供していくことも、自分の仕事なのかもしれないと思いはじめています。

そのためにどんなことをしていけばいいのか、まだわかりませんが、でも子どもたちに「君たちは完璧だ」ってこころから伝えられるようになればいいなと思っています。
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