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世の中に、悪い人間っているでしょうか? このエントリーをはてなブックマークに追加
2013-04-02 Tue 23:56
世の中に、悪い人間っているでしょうか?

いっぱいいるよ、と言うかもしれません。具体名も、いっぱい挙がるかもしれません。

その挙がった人は、アナタにとって、もしくは誰かにとって、スケールが大きい場合は世界の多くの人にとって、「悪い人」だったかもしれません。

でも世界のどこかには、彼(もしくは彼女)を愛していたり、尊敬していたり、頼っていたりするひとも、いたんじゃないでしょうか。

そのひとにとっては、彼(もしくは彼女)は、いいひとだったんじゃないでしょうか。

それでも彼は、悪い人間ですか?



もし「そうだ」というなら、悪くない人間っているでしょうか?

あなた自身は、悪い人間でないと言いきれるでしょうか?



そして、世の中のすべての人間が悪い人間だとしたら、誰かを悪い人間だということに意味はあるんでしょうか?



「悪い人間」というときの「悪さ」というのは、その人の属性ではなくて、その人を「悪い」と言う人との人間関係が「悪い」んじゃないかと思うんです。

「あいつは悪いやつだ」と言うのは、そう言うひとにとって都合が悪い、ということにすぎないんじゃないでしょうか。

だってきっと、その同じひとを、だれかは「いい」と言うのだから。



それを、たとえば「ひとには多面性がある」ということもできます。悪い面もあればいい面もあるのだ、と。

これは、人というのはその人特有の、外界から独立した個性というものがあって、そのなかに良い面も悪い面も混在している、という考え方です。

外からは触れない、ガラスケースの中に「その人」は入っていて、「その人」のスペック表には良い面と悪い面について記載されてる、みたいなイメージ。



その場合、彼を「悪い」と言う人は、たまたま彼の悪い面を見てしまったから、ということになります。別の人が彼を「いい」というのは、たまたまいい面を見たからなのだ、と。



でも、誰かの「よさ」や「悪さ」って、本当はそういうものじゃなくて、彼と自分との関係性でしかないんじゃないかな、と思うんですよ。



つまり、AさんがBさんを「悪いやつだ」と言ったとき、AさんはたまたまBさんが悪い部分を出しているところを見た、わけではない。

AさんによってBさんは悪い行動をさせられてしまったと、言えるんじゃないかと思うんです。

CさんがBさんを「良い人だ」と言ったとしたら、CさんはBさんに良い行動をさせることに成功したと言っていいんじゃないでしょうか。



この違い、分かりますか?

Bさんにとっては、この話はどちらでも一緒です。Bさんは状況に応じて、自分らしい行動をしているだけですから。

でも、Aさん(やCさん)にとっては、すこし違います。

ガラスケースの中のBさんを悪いと言っているときは、AさんはBさんと無関係でいられました。

でも、Bさんの「悪さ」は関係性でしかない、と考えた瞬間、「Bさんが悪い」のはAさん自身の責任になるんです。

「あいつほんとに悪いやつなんだよ」と言うのは、「オレはあいつから悪い面しか引き出すことができないんだよ」と言ってるのと同じです。



それでもあなたは、誰かを悪いと言いますか?

もちろん言ってはいけないわけではありません。でもそれを招いたのは自分なのだということを、忘れてはいけないんだと思います。
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