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きゃりーちゃんが悲しんでる このエントリーをはてなブックマークに追加
2013-01-31 Thu 23:45
なんか、きゃりーちゃんが悲しんでるっていうじゃないですか。

PVで酔っ払ってるのがけしからんとか何とか。

もう、アホかと、バカかと。

なぁんてことで、今日はそんな話をしてみよう。



PVで、いま若者の間で大人気のハタチになったばかりのポップアイコンが飲酒して酔っ払った演技をしていると。

それをナントカって連中が抗議したと。



映画でもドラマでも酒のんで酔っ払うなんてシーンはいくらでもあります。そうしたものに対する抗議=売名行為=啓蒙活動の一貫という単純な図式なので、こうしてぼくが取り上げることも彼らの罠にかかったと同じこと。でもまぁそんなことはいいんです。



まず大きな前提として、このPVにしても多くの酔っ払うシーンにしても、それを描くことで「これはいいことですよ」なんてメッセージを送っているものってまずないですよ。

「きゃりーちゃんが酔っ払ってるからワタシも飲みた~い」というオモシロ思考回路の持ち主がまったくいないとは言いませんが、そういうひとまで考慮に入れたらドラマもCMも、あらゆる表現が成り立ちません。



ただ、ナントカっていうある種の権威(になりたいと思ってる人たち)が、「あなたたちがそういう表現をすることで、無邪気な子どもたちが真似をしてひどいことが起こったらどうするんだ!」なんてことを言うと、すこし利口な子どもたちは「ああ、自分たちが酒のんで悪いことしても、あれを真似したって言えばあの人たちが怒られて自分たちは怒られずに済むんだ」と思うわけです。

でも、どう考えても、実際にバカなことしているのは「無茶な一気飲みしてる若者」本人なんですよ。その責任を追求せずに「周囲で関係ないことしているオトナ」にいちゃもんをつけることで起こるのは、当事者である若者たちが自分の責任に無頓着になるという現実です。



ほぼ同じ構図が、いじめの現場でも起きていると思います。

いじめの問題で責められているのはいつも現場の先生たちです。でも、本当に一番悪いのは、どこからどう見ても「いじめている本人」なんですよ。

にもかかわらず、みんなが「先生が悪い」という話にするから、いじめている連中も「だって先生が」って言えば自分の責任にならないことに気づく。そうしたら、もういじめはとまんないですよ。だって、先生が悪いんだったら、いじめている連中も間接的な被害者って顔ができちゃいますから。「先生がうまくまとめてくれさえすれば、僕たちもいじめなんてせずに済んだのに」



いじめは昔からずっとありました。ただ、今と昔とで違うのは、むかしはちゃんと、いじめたやつが悪い、というところは外してなかったと思うんです。でも今は、いじめたやつすら被害者ヅラできてしまう。ここが一番問題なんだと思います。



それってどうしてそうなっちゃったんだろう、と考えてみると、いじめてる子どもの責任って、そのままその親の責任になるんですよね。親はそれがイヤで、その責任を学校に押し付けた。誰かがそうしているのを見たら、ほかのいじめをしてない子どもの親も明日は我が身ですから、「そうだ学校のせいがいいや」と言ってみんなで学校のせいにした。そういう責任のたらい回しが今の深刻ないじめ問題を生んでるんじゃないでしょうか。

そう考えると先生はいい迷惑で、わけの分からないストレスがめいっぱいかかってくるから、今度は逆に子どもにひどいことしちゃったりするひともそりゃ一定の割合では出てきても仕方ないのかもしれません。

で、結局最後に被害を受けるのはやっぱり子どもですよ。それも、特に弱い子どもたち。



大きく言ってしまえば、大人たちの責任のなすりつけ合いが子どもの中でも弱い子を危険に晒しているんだと思う。そんな大きな問題定義をしても、どうしようもないんだけど。



話がきゃりーちゃんからずいぶん遠いところに行ってしまいました。

きゃりーちゃんは酒のんで酔っ払ってもちゃんと自分のケツは拭ける子だから大丈夫です。きっと。
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