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ケツをまくると生きている実感が得られると言っても過言ではないのだ このエントリーをはてなブックマークに追加
2010-08-31 Tue 21:49
あ~いま風呂上りでさ、
グイっとホッピー飲もうとして、
「いかんいかん、ブログ書いてないや」と、
今PCの前に戻って来たなう。

今~なう は、強調を表すツイッター慣用句ですから覚えておくように!



・・・あのさ、ホッピー飲んでいい?



のど乾いちゃってさ。






プハ~~~~~~~







プハ~~~~~~~~





プハ~~~~~~~~



あ~~~



んでさ、なに書こうとしたんだっけな?



今日は、ホッピー飲んじゃったし、詳しく書かないけど、

なんかいろんな人と、かなり深い話をしたように思います。

目の前に、難しいことや大変なことはいっぱいあるけど、
なんかみんなとこうやって話して、
協力したりされたりしていれば、
きっと人生はそれほど悪くないんだろうと思う。

大事なことは、自分の信念を曲げないことで、
成功か失敗かにとらわれて、
その場しのぎで「オレはホントはこう思う」という気持ちを曲げて、
目の前の小さな成功を取っても、
その時点で、「自分の価値観」は崩壊してしまう。

今のオレにできることは、
目の前の状況に迎合せず、どこまで自分の信念を貫けるか。

気がつけば思いのほか、
自分が背負っているものが、分不相応に大きなものになっていることを感じたりもするけれど、
そのことにさえ屈せず、
自分の信念を貫くことはなにをおいてもやらなきゃいけなくて、
「それをやって、ダメだったらオレはそれまでの男よ」と、
そこに行きつく感覚を、今はじめて感じています。

「ケツをまくる」とかいうけどさ、
それって「自分がすべての責任を持つ」という前提があって、
「自分がすべての責任を持つ」って、ある意味、これは特権なんですよ。



望んだものであろうとなかろうと、
「すべての責任を持つ」立場って、そんなにたくさんはないわけです。

ものすごく大げさに言えば、
「お前に自分の生活を預けるよ」と、
そう言ってもらえているわけで(大げさに言えば、だよ)、
もうそういう状況になっちゃったら、
なんとかやるしかないわけじゃないですか。



生きるということ。

「生きている」という実感。



それは、実は「自分が生きている」ということだけでは得られなくて、


「誰かが生きる役に立っている」
また、
「誰かに生かされてる」

そのことを感じて初めて実感できるのかな、と思います。




あ、ホッピーがない。

おかわり。
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