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「後悔と反省の人生」と「ワクワクの人生」どっちがいい? このエントリーをはてなブックマークに追加
2013-09-07 Sat 23:26
少し前に、運命論と自由意志は矛盾しない、という話を、「運命と自由の先に希望があった? 1」というタイトルで書きはじめましたが、それをつづける前に、もう少し違うアプローチから話してみようかなと思います。

ぼくがこの数カ月でバシャールさんやいろいろな方の言葉から学んだことで生まれた効果で、もっとも実践的なことは「後悔をする必要はまったくない」という認識です。

「後悔」と似た概念に「反省」というのもあります。ネット上の辞書によると、


「後悔」 自分のしてしまったことを、あとになって失敗であったとくやむこと。

「反省」 1 自分のしてきた言動をかえりみて、その可否を改めて考えること。
     2 自分のよくなかった点を認めて、改めようと考えること。

via : goo辞書


ということで、「後悔」は悔やんでおしまいだけど、「反省」はそれを次に活かそう、という意思があることがわかります。



バシャールさんなどがいう、「すべては完璧なタイミングで起きている」ということを信じられると、後悔というものはなくなります。だって、自分が何をどう考え行動していたとしても、それは完璧なタイミングで起こったことなんだとしたら、なるべくしてそうなったわけですから後悔したってしかたない。

また、運命論的な世界観を信じているとすると、反省ということも、特に必須ではないことになります。やることに意味はないとは言わないけど、やりたくなければやる必要はありません。

ただ、この世界が運命論的に動いているかどうかにかかわらず、ぼくらが常に自由意志を感じながら生きていることに変わりはありませんから、次の行動のために「反省」することはそれなりに意味があると言っていいでしょう。

実際問題として、人類の歴史は反省によって進化を遂げているわけですから。



まずそうして、「後悔」と「反省」をしっかりと区別して、「後悔」はしないようにする。

だって、「あ~あの時あんなことしなければよかった。どうしてあんなことしちゃったんだろう?」とかって、考えたってほんとに仕方ないんですよね。でもひとって、ぼんやりしてるとそんなこと考えちゃうんですよ。

もちろん「次から同じことをしないようにするにはどうしたらいいのかな?」と考えるのは「反省」ですからいいんです。そうすることで自分の望む未来を選択することがしやすくなりますから。

ただ、「反省」ってけっこう難しいんですよね。例えば誰かにひどいことを言ったとして、それを今後しないようにするのはどうしたらいいかというと、「相手が傷つくことを言わないように我慢する」なんてことが考えられますけど、これって相手の受け取り方次第だから自分ではどうしようもなかったりします。

また、それ以前に例えば「じぶんがむしゃくしゃしているときは人に会わない」「この人は機嫌が悪いと手がつけられないから会うときは好きなお菓子を持っていく」とか(笑)、そんなやり方を考えだすと、「反省」というのは無限にできてしまって、延々と時間を使ってしまいかねません。



でもその時に、バシャール的な世界観、すなわち「自分の一番ワクワクすることをするのが人生の目的です」という概念を大事にするようになると、この「反省」も非常にシンプルになります。

どういうことかというと、「あの時自分がやったことって、一番ワクワクすることだったのかな?」と考えるだけなんです。

その時に「間違いなく、自分はワクワクすることをしたんだ」と確信できたなら、それでOK。そのときは、相手の受け取り方が悪かったんだから仕方ない、ということになります。

もし「あのときの行動は、ワクワクではなく怖れからやってしまったな」と認識したとしたら、そのときは「反省」して「こういう時には怖れが顔を出しがちだから気をつけて、ワクワクから行動できるようにしよう」と考える。それだけ。



実際、ほんとうに、それだけなんですよ。

そうして、これまで「後悔」や「反省」に使っていた膨大な時間を、自分がワクワクすることのために使えるようになるんです。

すると、これが、しあわせなんですね~。

だって、自分が好きなことをこれまでよりずっと長~く考えていられるんですから。

「後悔」や「反省」は、「じぶんが悪かった」ということをおもに考えているわけですから、気分良くないんですよ。「あいつが悪い」って考えるのだって、気分良くないじゃないですか。そういう「悪さ」について考えるのは精神衛生上よろしくないわけです。



「自分が一番ワクワクすることをする」ということを考えるためには、さっきも言ったように最初に少しだけ「反省」も必要です。「あの時やったことってワクワクすることだったのかな?」と振り返ることは、必要。

でもそれだけすれば、あとはワクワクすることだけ考えていれば大丈夫です。最初はよくわからないかもしれないけど、やってうるちに少しずつ分かるようになってきます。

「後悔」と「反省」の人生と「ワクワク」の人生、どっちがいいかを選ぶのはあなた自身です。

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大きな変化に乗るかどうかはあなた次第 このエントリーをはてなブックマークに追加
2013-08-25 Sun 18:57
完全オフの夏休みは今日でおしまい。

明日は流しそうめん&BBQ大会、そしてあさってからは店内改装作業に入ります。

ここ数日、ブログ書いてませんでしたが、実はすごいことがいっぱい起きてました。ぼくの頭のなかでですが、これまで動かないと思ってた常識がガンガン動いて、完全に新しい境地に達してしまったんです。

ものすごい夏休みになってしまいました。

今年は旅行にはいけませんでしたが、それはこの奇跡体験を起こすためにこっちで勉強しなさい、ってことだったんですね。

この成果は、今後のぼくの行動に間違いなく反映されますので、見ててください。ずっとこのブログを読んでくれた方なら、きっとおもしろいですよ。ヽ(´ー`)ノ



今年って、プロ野球でなんかいっぱい新記録が生まれてるんですよね。田中マーくんの連勝記録。カープの広瀬も新記録作りましたし、バレンティンのホームラン記録も間違いないでしょう。

これが日本だけなのか、プロ野球だけなのかはわかりませんが、今たくさんの常識がくつがえりつつあるのは確かだと思うんですよ。iPS細胞やなんかだってそうですよね。

大げさに言えば、人類が新しい常識のフェーズに移行しようとしている。そういう感じにどんどんなっていくと思うんですね。



それはどういうことかというと、今がんばると、常識をくつがえすような大きな変革を自分自身が生み出す可能性がこれまでに比べて極めて高い、ということだと思うんです。



今、たくさんの人が世界の変動を感じ取っています。それに乗るのか乗らないのか。選ぶのは、あなた自身なんですよ。
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運命と自由の先に希望があった? 1 このエントリーをはてなブックマークに追加
2013-08-22 Thu 10:57
運命論と呼ばれる考え方があります。

これはつまり、世界とは神様のような超越的な存在が完璧に作り上げたもので、作り上げた時点ですべては決められていて、誰にもそれを覆すことはできない、という世界の解釈の仕方です。

ぼくはこの考え方、キライでね~。だって、自分がどんなに悩んで、一生懸命考えて行動したとしても、それは神様の思し召しのまま、すでに決められていたことで、いわば神様の手の中で踊らされていただけだっていうんですから。

あんまり人のことをおちょくんじゃないよ、神様よぉ、ってなもんですよ。だいたい神様とか宗教とか、ぜんぜん信じてませんからなおさらです。



それに、この考え方って、証明できないですよね。

だって神様の作った筋書き、だれも見たことないですもんね。まぁたまに予言者気取りの人なんかが出てくることありますけど、ピタリピタリと百発百中、なんて人、いた試しがありません。

「イヤ、実はいるんだよ」なんて言われても、そんなの目の前に出てきて実際に予言してくれなきゃ信じられません。

まぁそんなわけで、ぼくはこの運命論的な考え方については、否定はできませんけど、肯定もできない。そしてキライ、という立場を長らく取ってきました。



そして、もうひとつ言えば、信じたところで役に立たない。むしろ、ぼくらが自由意志で行動しているという生きるためのモチベーションを下げてしまうと思ったんですね。

ぼくは、学問というのは役に立ってなんぼだと思っています。仮に運命論が真理であったとしても、それが僕らの人生の役に立たないならそんな真理はいらない。

そういう意味もあってキライだし、役に立たないから必要ない、という立場だったわけです。



それが、ここへ来て変わってきました。

それはまず、この運命論というのは、必ずしも我々が持っている(はずの)自由意志と矛盾しない、とわかったから。



というのは、仮に運命論を信じたとしても、だからといって自分たちの意思がなくなるわけではありません。

「運命が決まってるなら何をやったってムダじゃないか」と言って自殺することは可能です。それも運命。でも、そんなことしたくないよね?

仮に運命論を信じても、ぼくたちは相変わらず、自分の自由意志で毎瞬毎瞬やりたいことを選ぶことができます。すくなくとも、そのように認識することは可能です。

つまり、世界が運命論的な世界観によって動いてようがいまいが、ぼくらの自由意志は侵されはしないわけです。



それどころかむしろ、実は運命論を信じることによって、この世の中をより安心して、怖れを手離して生きていく、そんな考え方があるんじゃないかと気づいたんです。

それなら、運命論は役に立ちます。それが真理であるかどうかは知りませんが、役に立つ。




では、その考え方とは何か?

それは・・・

長くなるので次の記事に譲ります。
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香り=深呼吸=心のバランス このエントリーをはてなブックマークに追加
2013-08-15 Thu 01:18
昨日、お香を買ったという記事を書きましたが、お香、非常にいいですね。

香りって大事だわ~。

以前も、お香やアロマ(精油)を使っていたことはあったんですが、その時は、ふつうに「いい香りだな」と思うくらいでした。

でも、今日気づいたんです。

いい香りがすると、しっかり呼吸をするんです。意識しなくても、深呼吸するんですよ。

これは非常に大事なことですよね。

しっかり呼吸をすると、心が落ち着いて、とってもバランスが取りやすい状態になります。つまり、自分の軸に自然に戻りやすくなる。

こういうことが大事だと知ったのは、バシャールさんや、同じような哲学を持った方々の言葉を理解できるようになってからです。

その意味では、このタイミングで「お香買ってみようかな」と思ったのも偶然じゃないんですね。必要なタイミングになったから、それが目の前にあることに気づいたという感じ。

こういった小さなことも、「あ、今オレ乗れてるな」と感じる要素となっていて、とってもいい感じです♪
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「問題」があるのはそこに「問題」があることが必要だから このエントリーをはてなブックマークに追加
2013-08-12 Mon 21:47
今日はガストで夕飯食ったんですが、ファミレスの店員さんというのは往々にしてマニュアル通りに動く感情のないロボットのように見えるものです。

今日ぼくを席に連れて行ってくれた女の子も、ザッツマニュアル、という感じでとてもキレイな「無表情な笑顔」をぼくにくれたので、密かに「ミス無表情スマイル」と命名しておきました(笑)。



とまぁそれはいいんですが、待つ間、本を読んだりしながらぼんやり自分の抱えている問題などについて考えていました。

(※ここ最近、「自分が抱えている問題」について「しあわせになれば問題は勝手に解消される? 」「「問題」は、なくなればいいってもんじゃない」とつづけて記事にしていますが、ある意味ではそこからの発展版ですのでご興味あればそちらもご参照ください)



そしたらふと、気づいたんです。



「オレはそもそも順風満帆で失敗も問題もない自分自身なんてまった求めてないんだから、ぜんぜん解決しない問題があって当たり前じゃん」と。



その失敗や問題は、克服すべき壁でもなんでもない。むしろ自分の人生を豊かにするために「その問題自体が」必要なんだと。

ずっと、「問題というのは乗り越えるためにあるんだ」と思ってたんですが、問題があるということそれ自体がぼくの人生にとっては重要なんです。

だからたぶんですけど、今抱えている問題が解決するとしたら、それは「もっと大変な問題」が生まれた時でしょう。

それはきっと、ドラゴンボールで最初は悟空の敵だったやつがもっと強い敵が出てくると味方になって一緒に戦うごとく、大きな問題であるほど、つぎの問題が出てきた時には役に立つ、という側面すらあるのかもしれません。



そんなことを考えたら、すごく気が楽になったんですね。だって、もういま目の前にある問題、無理に解決する必要ないんだもの。問題自体が必要なんだから。



そんな気持ちでメシを食い終わり、会計のためレジに行くと、件の「ミス無表情スマイル」が応対してくれました。

で、彼女を見ていたら「そっか、この子もオレの人生という映画の登場人物としてここにいてくれるんだよな。お手数おかけしますね」みたいな気持ちになりました。

そう思うとむやみに愛おしく(笑)、少しやさしい気持ちでお釣りを受け取り去ろうとすると、「ありがとうございました」と、これまでとは明らかに違う笑顔でぼくを見送ってくれたのです。



ぼくの気持ちが伝わって、マニュアル以上のスマイルが出てきた?

ただの気のせい?

ぼくがいなくなってせいせいした?



解釈は無限にありえます。

でも「世界が自分の反映」なのだとしたら、これまでのぼくは「無表情に応対する世界」を作っていたのが、少し自分の観念を変えたことで「やさしいスマイルで接する世界」に自分の生きる世界を変えたといってもいいのかもしれません。



そんなちょっとした奇跡。信じてもらえます?
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